重要判例解説(31);最高裁平成20年10月10日第二小法廷判決

1 事案の概要
Xは,Y銀行に普通預金口座を,Xの夫Wは,Z銀行に預金元本額1100万円とする定期預金口座をそれぞれ開設していたが,Xの普通預金とWの定期預金の預金通帳等を窃取したAらが,Z銀行において,Wの定期預金を解約するとともに,その解約金1100万をY銀行のX名義の普通預金口座に振り込むよう依頼し,これに基づき,Xの普通預金口座に同額の入金がされた。そして,Aらは,Y銀行において,Xの普通預金の預金通帳等を提示して,Xの普通預金口座から1100万円の払戻しを求めたところ,Y銀行はこれに応じ,1100万円を払い戻した。Xらは,本件盗難につき被害届を出したが,本件払戻しの後であった。
Xは,Y銀行に対し,本件払戻しに係る預金1100万円の払戻しを求めて本件訴訟を提起した。
1審においては,民法478条により免責されうるが,本件払戻しには過失があったとして,Xの預金払戻請求を認容した。原審は,本件振込みに係る金員は,本件振込みにより,Xの普通預金としてXに帰属したということができるとしながら,Xの預金払戻請求は,権利の濫用として許されないとして,Xの請求を棄却した。Xは,上告受理を申し立てた。

2 判旨
破棄差戻し。
「振込依頼人から受取人として指定された者(以下「受取人」という。)の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは,振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず,受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し,受取人において銀行に対し上記金額相当の普通預金債権を取得するものと解するのが相当であり(最高裁平成4年(オ)第413号同8年4月26日第二小法廷判決・民集50巻5号1267頁参照),上記法律関係が存在しないために受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負う場合であっても,受取人が上記普通預金債権を有する以上,その行使が不当利得返還義務の履行手段としてのものなどに限定される理由はないというべきである。そうすると,受取人の普通預金口座への振込みを依頼した振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しない場合において,受取人が当該振込みに係る預金の払戻しを請求することについては,払戻しを受けることが当該振込みに係る金員を不正に取得するための行為であって,詐欺罪等の犯行の一環を成す場合であるなど,これを認めることが著しく正義に反するような特段の事情があるときは,権利の濫用に当たるとしても,受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負担しているというだけでは,権利の濫用に当たるということはできないものというべきである。」
本件では,払戻し2の事実も特段の事情となるものではなく,払戻請求は権利の濫用に当たらない。払戻し2が債権の準占有者への弁済として有効であるか否かを審理させるため原審に差し戻す。

3 解説
最判平成8年4月26日民集50巻5号1267頁は,「振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは,振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず,受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し,受取人が銀行に対して右金額相当の普通預金債権を取得する」と判示している。この判決によれば,本件においても,Xの本件普通預金口座に1100万円が振り込まれていることから,XとY銀行との間に同額の普通預金契約が成立し,XはY銀行に対して同額の普通預金債権を取得することになると考えられる。平成8年判決を前提とした場合,誤振込みを知った後に受取人が払戻請求ができるか,受取人の債権者が預金債権を差し押さえたり払い戻された預金による弁済を受けられるか,被仕向銀行が受取人に対して有する貸付債権などと誤振込みに係る預金債権を相殺できるかなどが,さらに問題となってくる。
振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しない場合における受取人による預金債権の行使については,権利の濫用とすることに否定的な見解が多いが,権利の濫用であるとする見解もある。また,最決平15年3月12日刑集57巻3号322頁は,誤った振込みがあることを知った受取人が,その情を秘して預金の払戻しを請求し,その払戻しを受けた場合には,詐欺罪が成立するとの判断を示した。その理由として,①自己の口座に誤った振込みがあることを知った場合には,銀行に組戻し等の措置を講じさせるため,誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の義務があること,②社会生活上の条理からしても,誤振込みの場合には,受取人は振込金相当額を振込依頼人等に返還しなければならず,それを最終的に自己のものとすべき実質的な権利はないこと,を挙げている。
平成8年判決によれば,誤振込みを受けた受取人は銀行に対する預金債権を取得するから,有効に成立する債権の行使としての払戻請求は民法上適法であり,刑法上も違法とはならないと考えるのが自然である。そうすると,受取人に告知義務を課したり,受取人を実質的な無権利者とする平成15年決定は平成8年判決との整合性が問題となるが,民法と刑法の判断を相対的に捉えて両者の齟齬を問題にしないという態度を取らないかぎり,この問題を解消するには,受取人の払戻請求が権利濫用に当たり,受取人は民法上も正当な払戻請求権限を有しないと構成せざるを得ない。すなわち,平成8年判決は,振込送金制度の安定性を維持するために無因的な預金債権の成立を認めたにすぎず,原因関係が存在しない場合,受取人には,なんらの保護すべき経済的利益がない,と理解されることになろう。このように,平成15年決定は受取人の払戻請求権限に「一定の制約」を付し,その限度で民事的規律に事実面で一定の変容を加えたことになると解する見解が多数を占める。
権利濫用については,平成8年判決において,振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しない場合においても,受取人は銀行に対して振込金額相当の普通預金債権を取得するとされている以上,単に受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負担するというだけでは,受取人による当該振込みに係る預金の払戻しを請求することが権利の濫用であるとまでいうことは困難であると考えられる。また,受取人による預金債権の行使が権利の濫用であるとした場合,その預金債権がそのまま宙に浮いてしまうという困難な問題も生じる。そして,平成15年決定も,振込依頼人と受取人との間に原因関係が存在せず,そのため,受取人が振込依頼人に対し不当利得返還義務を負う場合であっても,受取人と被仕向銀行との間に預金債権が成立し,受取人がその預金債権を行使できることを前提とした上で,信義則上の告知義務を課し,一定の制約があることを示したものであると理解すれば,15年決定があるからといって,上記原因関係が存在しないため,受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負担しているというだけで,受取人による預金債権の行使が権利の濫用になるとはいえないと考えられる。
一方,犯罪行為の手段として振り込まれたものであることを知りながら,払戻請求を容認することは,社会正義に反するともいえ,本判決も,「払戻しを受けることが当該振込みに係る金員を不正に取得するための行為であって,詐欺罪等の犯行の一環を成す場合であるなど,これを認めることが著しく正義に反するような特段の事情があるときは,権利の濫用に当たる」と判示している。

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