重要判例解説(34);最高裁平成20年2月19日第三小法廷判決

1 事案の概要
Aは,平成15年8月23日,A車を運転し交差点を直進しようとして,同交差点を反対方向から右折中のB車と衝突し(以下「本件事故」という。),外傷性くも膜下出血等の傷害を負い,同日から平成16年1月29日までC病院等に入院した。なお,Bは,Yとの間で,B車を被保険自動車とする自賠責保険の契約を締結していた。本件事故に係るAの損害額は合計約338万円であり,自賠法13条1項,同法施行令2条1項3号イに定める保険金額は120万円である。
大阪市長は,平成15年9月から平成16年1月まで,Aに対し,老人保健法25条(平成17年法律第77号による改正前のもの。以下同じ。)に基づき医療を行った。大阪市が負担した医療に関する費用は約206万円であり,大阪市長は,同法41条1項に基づき,上記費用の限度において,AのBに対する損害賠償請求権及びAのYに対する自賠法16条1項に基づく直接請求権を取得し,大阪市長から徴収事務の委託を受けた大阪府国民健康保険団体連合会は,平成16年6月28日,Yに対し,直接請求権を行使した。
他方,Aは,その翌日である同月29日,医療の給付を受けたことによっては填補されない損害があるとして,Yに対し,直接請求権を行使したが,Yは,Aの損害額が自賠責保険金額(120万円)を超えるので,それぞれの請求額に応じ案分して支払うとして,Aに自賠責保険金額全額を支払うことを拒否した。Aは,Yに対し,保険金額120万円の限度で損害賠償額の支払を求める訴訟を提起した。
 第1審及び原審は,社会保険者が代位取得した直接請求権よりも被害者の直接請求権が優先すると解し,Aの請求を認容すべきものとした。

2 判旨
上告棄却。
「被害者が医療給付を受けてもなおてん補されない損害(以下「未てん補損害」という。)について直接請求権を行使する場合は,他方で,市町村長が老人保健法41条1項により取得した直接請求権を行使し,被害者の直接請求権の額と市町村長が取得した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても,被害者は,市町村長に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限度で自賠法16条1項に基づき損害賠償額の支払を受けることができるものと解するのが相当である。その理由は,次のとおりである。
(1)自賠法16条1項は,同法3条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときに,被害者は少なくとも自賠責保険金額の限度では確実に損害のてん補を受けられることにしてその保護を図るものであるから(同法1条参照),被害者において,その未てん補損害の額が自賠責保険金額を超えるにもかかわらず,自賠責保険金額全額について支払を受けられないという結果が生ずることは,同法16条1項の趣旨に沿わないものというべきである。
(2)老人保健法41条1項は,第三者の行為によって生じた事由に対して医療給付が行われた場合には,市町村長はその医療に関して支払った価額等の限度において,医療給付を受けた者(以下「医療受給者」という。)が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得する旨定めているが,医療給付は社会保障の性格を有する公的給付であり,損害のてん補を目的として行われるものではない。同項が設けられたのは,医療給付によって医療受給者の損害の一部がてん補される結果となった場合に,医療受給者においててん補された損害の賠償を重ねて第三者に請求することを許すべきではないし,他方,損害賠償責任を負う第三者も,てん補された損害について賠償義務を免れる理由はないことによるものと解され,医療に関して支払われた価額等を市町村長が取得した損害賠償請求権によって賄うことが,同項の主たる目的であるとは解されない。したがって,市町村長が同項により取得した直接請求権を行使することによって,被害者の未てん補損害についての直接請求権の行使が妨げられる結果が生ずることは,同項の趣旨にも沿わないものというべきである。」

3 解説
被害者が直接請求権を行使し,他方,社会保険者が代位取得した直接請求権を行使して,両請求権の合計額が自賠責保険金額の上限を超える場合の調整については,被害者が優先するという考え方(被害者優先説)と案分するという考え方(案分説)とが対立している(社会保険者が優先するという考え方もあり得るが,この説を主張する者はいない)。
保険実務においては,被害者の直接請求権と労災保険,国民健康保険等の社会保険者が代位取得した直接請求権との調整につき,合計額が法定限度額を超える場合は,(自賠)法第16条請求と求償とは共に同質の債権であるから,民法第427条の比例配分を採用する、即ち,求償額と,合計額から求償額を差し引いた額との割合をもって,法定限度額を配分した額をそれぞれに支払うものとされており,基本的に案分説が採用されてきた(もっとも,被害者が直接請求権を行使する時点で,社会保険者が直接請求権を行使していない場合には,事実上,被害者に対して保険金額全額を支払っているようであり,保険実務においても案分説の考え方が徹底されていたわけではないようである。)。
一方、学説上は,被害者優先説が有力であり,社会保険者の求償権行使に代位が認められる趣旨は,被害者の二重利得阻止・加害者の免責阻止にあり,両者が競合しても被害者の直接請求が妨げられるべきでないこと,従来の保険実務では,被害者が社会保険と自賠責保険のいずれに先に保険請求をしたかにより自賠責保険による填補額に差が生じ,これは合理的な理由のないアンバランスであること,直接請求を認めた目的である被害者の損害填補を重視すべきこと,を理由として被害者の請求が優先すべきだとする。
 本判決は,このような状況の下で,自賠法及び老人保健法の趣旨から,被害者優先説を採用することを明らかにしたものである。被害者に対し直接請求権を先行して行使するよう指導がされ,実際,多くの場合,社会保険者の直接請求権の行使に先行して被害者の直接請求権が行使されている実情にかんがみると,保険実務の取扱いにも相応の合理性があるように思われるが,本判決は、保険実務を否定したものといえる。
 なお,最判昭和62年5月29日民集41巻4号723頁は,一部保険の保険者が第三者の行為によって生じた保険事故に係る損害の一部を被保険者に填補した場合において,被保険者が第三者に対して有する債権の額が損害額を下回るときは,上記保険者は,上記債権のうちてん補した金額の損害額に対する割合に応じた債権を取得する旨判示するが,これは,請求権代位により移転する権利の範囲につき,保険者は,被保険者が第三者に対して有する債権のうちてん補した金額の損害額に対する割合に応じた債権を取得するとしたものであり,本件では,保険給付を行ったことにより移転する権利の範囲が問題となっているわけではなく、事案を異にするものと考えられる。
 本件は,被害者の直接請求権と医療を行った市町村長が取得した直接請求権の調整について,最高裁として初めて判断を示したものである。これは,従前の保険実務を改めるものである上,被害者の直接請求権と社会保険者の取得した直接請求権の調整一般について妥当し得るものであり,その影響は少なくないと考えられる。
本判決では老人保健法が問題となったが,ここで採用された理由付けは,他の社会保険にも同様に妥当する。したがって,損害填補性を有するとされる労災保険(最判平成元年4月11日民集43巻4号209頁参照)については,なお検討の余地があるものの,同様の求償・代位規定を有する社会保険については,本判決の射程範囲にあると解してもよいと考えられる。

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