重要判例解説(35);最高裁平成20年4月24日第一小法廷判決

1 事案の概要
本件は,大動脈弁閉鎖不全のためA大学医学部附属病院に入院して大動脈弁置換術を受けたAが本件手術の翌日に死亡したことについて,Aの相続人であるXらが,本件手術についてのチーム医療の総責任者であり,かつ,本件手術を執刀した医師であるYに対し,本件手術についての説明義務違反があったこと等を理由として,不法行為に基づく損害賠償を請求する事案である。
A(昭和7年2月生まれ,死亡時67歳の男性)は,平成11年1月,他の病院で受けた検査の結果,大動脈弁狭さくおよび大動脈弁閉鎖不全により大動脈弁置換術が必要と診断され,同年9月頃,手術を受ける決心をし,同月20日,紹介されたB大学病院(本件病院)の心臓外科に入院した。Yは平成11年9 月当時,B大学医学部心臓外科教室の教授,Cは同心臓外科助手(病院講師)の医師であった。XらはAの配偶者および子である。本件病院ではCがAの主治医となり,同月25日まで術前の諸検査が実施され,その結果を踏まえたカンファレンスで大動脈弁置換術の手術適応が確認され,医師Dを執刀医とすることが決定された。Cは,同月27日,AおよびXらに対し,翌日に予定された本件手術の必要性,内容,危険性等につき説明した。Yは同日午後5時ごろ,Cに対し本件手術はYが執刀医となる旨を伝えたが,YはAまたはXらに対し手術について説明したことはなかった。
翌日の手術では当初はCが執刀し,体外循環開始後はYが術者となった。Aの大動脈壁は薄くぜい弱で,縫合部等からの出血等のため手術時間も長時間に及んだが,Yは手術中の全時間にわたって執刀していたわけではない。Aは結局,同月29日に死亡した。
 1審は,Yの過失ないし説明義務違反を否定し,Xらの請求をすべて棄却した。これに対し,原審は,「本件病院におけるチーム医療の総責任者であり,かつ,実際に本件手術を執刀することとなった被告には,一郎ないしその家族である原告らに対し,一郎の症状が重症であり,かつ,一郎の大動脈壁が脆弱である可能性も相当程度あるため,場合によっては重度の出血が起こり,バイパス手術の選択を含めた深刻な事態が起こる可能性もあり得ることを説明すベき義務があったというべきである。」と判示して,Y自らの説明義務違反を認め,民法709条に基づき,XらのYに対する請求を一部認容した。

2 判旨
破棄差戻し。
「一般に,チーム医療として手術が行われる場合,チーム医療の総責任者は,条理上,患者やその家族に対し,手術の必要性,内容,危険性等についての説明が十分に行われるように配慮すべき義務を有するものというべきである。しかし,チーム医療の総責任者は,上記説明を常に自ら行わなければならないものではなく,手術に至るまで患者の診療に当たってきた主治医が上記説明をするのに十分な知識,経験を有している場合には,主治医に上記説明をゆだね,自らは必要に応じて主治医を指導,監督するにとどめることも許されるものと解される。そうすると,チーム医療の総責任者は,主治医の説明が十分なものであれば,自ら説明しなかったことを理由に説明義務違反の不法行為責任を負うことはないというべきである。また,主治医の上記説明が不十分なものであったとしても,当該主治医が上記説明をするのに十分な知識,経験を有し,チーム医療の総責任者が必要に応じて当該主治医を指導,監督していた場合には,同総責任者は説明義務違反の不法行為責任を負わないというべきである。このことは,チーム医療の総責任者が手術の執刀医であったとしても,変わるところはない。」「Yは自らA又はその家族に対し,本件手術の必要性,内容,危険性等についての説明をしたことはなかったが,主治医であるCが上記説明をしたというのであるから,Cの説明が十分なものであれば,Yが説明義務違反の不法行為責任を負うことはないし,Cの説明が不十分なものであったとしても,Cが上記説明をするのに十分な知識,経験を有し,Yが必要に応じてC医師を指導,監督していた場合には,Yは説明義務違反の不法行為責任を負わないというべきである。」「Cの説明内容,Cが本件手術の必要性,内容,危険性等について説明をするのに十分な知識,経験を有していたか等について更に審理を尽くさせるため」原審に差し戻した。

3 解説
 医療における医師の説明義務は,最高裁判所においても,最判昭和56年年6月19日民集49巻4号1163頁において、頭蓋骨陥没骨折手術について肯定され(結論として義務違反なし)、その後も、がん告知(最判平成7年4月25日民集49巻4号1163頁,義務違反なし),信仰上の理由による輸血拒否患者に対する医療機関の方針の説明懈怠に対する慰謝料(最判平成12年2月29日民集54巻2号582頁,義務違反肯定),乳がん手術方法の選択(最判平成13年11月27日民集55巻6号1154頁,義務違反肯定)における医療水準を超える説明の可能性へと発展し,近時は,分娩方法の選択(最判平成17年9月8日判事1912号16頁,義務違反肯定),脳動脈瘤手術実施時期の決定(最判平成18年10月27日判事1951号59頁,義務違反肯定)など,患者が誤解なく手術を決定できるような説明のあり方を示す方向が示されてきた。
もっとも,これまでの判例法の展開は,主に「医師・患者間」において「いかなる情報を」「どのように」提供するかという側面に重点が置かれており,本件の「チーム医療において」情報を「誰が」提供する責任を負うかという側面での検討は十分になされてきておらず,チーム医療の総責任者で執刀医でもある者が説明すべきであったかどうかが問題とされた事例はない。また、学説上も、深く議論されているとは言えず、本件は,医療現場で広く実施されているチーム医療における説明義務の履行に関して最高裁の立場を明らかにしたものとして注目される。
 本件で最高裁は,チーム医療そのものを定義づけることはしていないが、チーム医療自体、様々な形態があると考えられ、それを考慮したのではないかと推測される。
 本判決は、チーム医療の総責任者は,説明が十分に行われるように配慮すべき条理上の義務を負うが,実際の説明はその能力がある主治医にゆだね,総責任者本人は主治医の指導・監督にとどめることも認められ,自ら説明しなかったことをもって責任を問われることはない,主治医の説明が不十分であっても,当該主治医が上記説明をするのに十分な知識,経験を有し,チーム医療の総責任者が必要に応じて当該主治医を指導・監督していた場合には,総責任者は説明義務違反の責任を負わない,と判示した。この判示からは、①主治医の説明が十分ならば,総責任者は自ら説明しなくても責任を負わない、②主治医の説明が不十分であれば,主治医が説明するのに知識・経験を有していたか,指導・監督が適切であったかどうかを判断する。知識・経験があり指導・監督していたのであれば,総責任者は責任を負わない、③主治医の知識・経験がない場合,主治医に対する指導・監督が適切でない場合は,総責任者は責任を負う、ということになる。
 もっとも、②の場合,不十分な説明をした主治医個人が賠償責任を負うかどうか,主治医に不十分な説明をさせた医療機関自身が責任を負担するかどうかについて,本件判決は述べておらず、③の場合,総責任者と主治医,医療機関の責任関係についても,本件判決は述べていない。本件では,総責任者であるYの責任のみが争われたため,これらの論点についての判断まではなされなかったものと考えられる。
医療施設において,患者の主治医が決められているような場合,患者やその家族に対して手術についての説明をするときには,主治医がこれを行うこととする旨の運用上の指針が定められている例もあり、総責任者であれば常に自ら説明を実施しなければならないというのでは,医療の現場に困難を強いることになりかねない。さらに,従来の判例によれば、提供される情報の内容こそが説明義務の中核をなし,情報提供者が誰であろうと、それが適切になされていれば、患者側としては当該治療の受診の可否を決定することは可能で,その権利行使を妨げることはないと考えられる。以上からすれば、本判決は支持できると思われる。なおチーム医療の投薬方法の誤りにおいて総責任者の責任を認めた最決平成17年11月15日刑集59巻9号1558頁とは,同事件が刑事事件で技術上の過誤の事案である点が異なるものの,主治医が投薬についての知識を十分持っていなかったというもので上記類型③に通じるものがある。
 判決は判断の前提として,執刀医が誰かは,手術に関する情報であるが,患者に対して説明することを義務づけられないものと位置づけており,その結果,執刀医の経験・実績は説明すべき内容にならないことになる。このような執刀医に関する情報の位置づけは,インフォームド・コンセント取得の際に説明されるべき情報に含まれないと伝統的には解されており、それに沿うものである。もっとも、手術は,執刀医の技量・巧拙で成功率に大きな差が生じうる場合もあることに鑑みれば,手術一般についてこうした扱いをするべきかについてはなお検討の余地があろう。

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