重要判例解説(37);最高裁平成20年6月12日第一小法廷判決

1 事案の概要
権利能力なき社団Xが中心となって、平成12年12月,「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」(以下,「本件女性法廷」という)という民衆法廷を開催した。この法廷は従軍慰安婦問題について,日本国の損害賠償責任等を追及するものであり,昭和天皇を有罪とし日本国の責任を認める旨の判決が言い渡された。同年8月ごろ,番組制作会社であるY3のディレクターは,Y2のチーフプロデューサーとともに,本件女性法廷を題材とした番組の制作を企画し,Y1のチーフプロデューサーらと打合せを行ったうえ,「番組提案票」を作成したが,これには番組の説明として,本件女性法廷を「つぶさに追い,スタジオでの対談をはさみながら,半世紀後に戦時性暴力を問うことの意味を考える」などと記載されていた。Y3のディレクターはXに対して取材を申し込み,X側と打合せを行ったが,その際,X側に対し,本件提案票の写しを交付したうえ,本件女性法廷の様子をありのまま視聴者に伝える番組になるなどと説明し,本件女性法廷をすべて撮影するだけでなく,本件女性法廷の開催に向けた一連の活動についても取材し,撮影したい旨申し入れた。Y3のディレクターは,平成13年1月初旬にかけて,本件番組の第1次版を制作した。
しかし,その後,本件番組は,本件女性法廷の審理場面が大幅に短縮され,日本国と昭和天皇の責任を認めた結果についての言及がなくなり,X代表者のインタビューが削除されるなどの編集が行われたうえ,同年1月30日に放送された。この間,Y1の幹部が内閣官房副長官と面会した際,同副長官は,従軍慰安婦問題について持論を展開したうえ,Y1が公正中立の立場で報道すべきではないかと指摘している。
Xは,Yらに対し,①実際に制作,放送された本件番組の趣旨・内容は,取材の際に説明を受けたものとは異なり,本件女性法廷をつぶさに紹介する趣旨,内容の放送がされるとの信頼,期待を害された,②本件番組の趣旨・内容が変更されたことを説明しなかったことが違法であるとして,①は不法行為,②は債務不履行または不法行為に基づき,損害賠償を求めた。
 1審は,Y3についてのみ,Xの番組内容についての期待,信頼に対する違法な侵害による不法行為責任を認め,Y3に対し100万円の賠償を命じた(説明義務違反の主張は全部退けている。)。原審は,①②ともに、Y1~Y3の共同不法行為を構成するとして、Y1に対して200万円,Y2及びY3に対して各100万円の賠償を命じた。

2 判旨
破棄自判。
「放送事業者又は制作業者から素材収集のための取材を受けた取材対象者が,取材担当者の言動等によって,当該取材で得られた素材が一定の内容,方法により放送に使用されるものと期待し,あるいは信頼したとしても,その期待や信頼は原則として法的保護の対象とはならない」。「もっとも......当該取材に応ずることにより必然的に取材対象者に格段の負担が生ずる場合において,②取材担当者が,そのことを認識した上で,③取材対象者に対し,取材で得た素材について,必ず一定の内容,方法により番組中で取り上げる旨説明し,④その説明が客観的に見ても取材対象者に取材に応ずるという意思決定をさせる原因となるようなものであったときは......取材で得られた素材が上記一定の内容,方法で当該番組において取り上げられるものと期待し,信頼したことが法律上保護される利益となり得る」。「これを本件についてみると......Y3による実際の取材活動は,そのほとんどが取材とは無関係に当初から予定されていた事柄に対するものであることが明らかであり,Xに格段の負担が生ずるものとはいえない......。......Y3の担当者のXに対する説明が,本件番組において本件女性法廷について必ず一定の内容,方法で取り上げるというものであったことはうかがわれないのであって,Xにおいても,番組の編集段階における検討により最終的な放送の内容が上記説明と異なるものになる可能性があることを認識することができたものと解される。そうすると......期待,信頼が侵害されたことを理由とするXの不法行為の主張は理由がない。」
(横尾和子裁判官の意見が付されている。)

3 解説
本件は,放送事業者等から放送番組のための取材を受けてこれに協力した者(以下「取材対象者」という。)は,本来取材の客体にすぎないから,取材等に関して報道機関との間で特段の契約を締結するのでない限り,報道機関との間に契約関係の成立を認めることはできないのが通常であると考えられ,本件においても,XとYらとの間に取材等に関して特段の契約が締結されたという事情はうかがわれない。もっとも,民事法の解釈上,一般に契約関係にない場合にあっても,一定の関係にある者の間において,一方当事者の言動等によって相手方が契約締結に至るものと信頼,期待を抱き,これに基づき出捐等を行った場合などにおいて,この信頼,期待を裏切る一方当事者の行為が信義則に照らして違法とされ,相手方当事者に対して損害賠償責任を負う場合があるとされている。最高裁においても、この趣旨を述べるものがみられる(最判平成2年7月5日裁判集民160号187頁,最判平成18年9月4日判タ1223号131頁,最判平成19年2月27日判タ1237号170頁等)。
 本件で問題とされている放送番組の趣旨,内容についての取材対象者の期待,信頼それ自体は,社会的に価値のあるものと一般的に承認されているとは言い難いと思われるが,取材対象者が報道機関の取材に応ずるかどうかは原則として任意であって,取材対象者は報道機関側から取材の目的,趣旨等に関する説明を受けて取材に応ずるかどうかの意思決定をするものであることからすると,上記のような取材対象者の期待,信頼がいかなる場合にも法的保護の対象になり得る場合もあると考えられる。
 しかしながら,一般に,番組の趣旨,内容について取材対象者が抱く期待,信頼といっても,一義的に決まるものではなく、多種多様であると考えられる。他方で,放送事業者がどのような番組を制作,放送するか,すなわちどのように番組の編集をするかは,憲法上の権利である表現の自由の保障の下にあり,放送法も,番組編集が放送事業者の自律的判断にゆだねられている旨を定めて,この趣旨を確認しているところである。そうすると、上記のような取材対象者の期待,信頼が広く法的保護に値するとすると,放送事業者としては,多種多様な期待、信頼に対応せざるを得ず、ひいてはそのような負担を回避するために,取材や放送自体を差し控えたりすることにもなる可能性があり,その結果,全体として表現活動や取材活動が萎縮し,憲法上最も重要な人権として位置付けられている表現の自由,ひいては国民の「知る権利」が阻害されることが危惧される。そして,番組の編集が放送事業者の自律的判断によって行われており,放送事業者の内部において,様々な立場,観点から検討されるために,放送に至るまで多分に流動的で不確定なものであることは,国民一般に公知のこととして認識されているものと考えられる。
 以上のような考慮の下に,本判決は,番組の趣旨,内容についての取材対象者の期待,信頼が原則として法的保護の対象となるものではないことを明らかにし,併せて,極めて例外的な場合には法的保護の対象になることがあり得,放送された番組がこれと異なるものとなった場合に放送事業者が不法行為責任を負う余地があるとの判断を示し、取材対象者と番組編集者の利害を調整したうえで,本件においては,上記例外的な場合に当たるものとは認められず,本件番組の趣旨,内容についてのXの期待,信頼は法的保護の対象となるものではない旨判断したものと理解される。上記のとおり,本判決は,取材や放送等に関して取材対象者と放送事業者等との間に特段の契約が締結されていない場合に関する場合について判断したものであることに留意を要する。

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